慣れ親しんだものを見知らぬ異国のものにする

先日東京で開催された、Kouさんのナラティヴ・セラピーの質問術(その1)に参加してから、【慣れ親しんだものを見知らぬ異国のものにする】について考えていた。

語り慣れた日常普段の立ち位置から、いつもと違う語りに誘う。

キャリアカウンセリングでよく聞く導入はこうだ。
「〇〇って、〇〇じゃないですか。」

初対面の立ち話ならば、共通点や共通認識を探して会話の基盤を確認するというまた別の意味を持つが、私はカウンセリングの中で発せられるクライエントのこの種のフレーズには実は意図せず色々なものを含んだものがあると感じてから、必ず立ち止まるようになった。

たいていは馴染みのある結論や、習慣的・文化的に“よく言われる”常識的な話が展開され、それに「そうねぇ」なんて微かでも同意めいた反応を返そうものなら、語られ超えられたかもしれない「発達の最近接領域」は見えないまま気づかずスッと通り過ぎてしまう。

例えば、化粧っ気のないスポーツ大好きな学生が、「CAとかやっぱり憧れじゃないですかぁ」と言ったら、大抵は、ん?と立ち止まるかも知れないけれど、視覚的な情報が印象のズレの少ないものだったら?
手垢のついた憧れストーリーを展開させやしないか。
常識や文化的言説の下で周辺化されがちな領域に向かう意識。

幼い頃から周辺化された土地に親しんで来た私は、そこに向かう階段のありかを見つけることが得意なのかも知れない。
クライエントは明確に意図していなくても、会話の中でその先の領域への微かな期待を育てているようにも感じ取っている。
私がその階段付近でどんな風に振る舞っているのか、今後はそのアンテナに触れた瞬間の、私のワクワク感を改めて確認してみたい。

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