先日、浩さん(国重浩一さん)と話したときに「ではなぜ概論というのは面白くないんだろう」と聞かれ、そのことが頭に残っているその日にうちに、教育に関する映画(’most likely succeed’というアメリカの新しい学校のドキュメンタリーで、すごくおすすめです)を一緒に見た夫から「概論っていうのは面白くないよ」と言われました。同じ日に2人の人が口にするのを聞いて、考えたり話したりしたことが私にとって大事だったので、ここに書きます。
私は最近高校生に心理学のことを話す仕事を少しだけしています。
何を話してもいいので、そこで高校生にどんなことを伝えられるか、すごく考えています。
自分が講義を受ける立場だったときを考えても、せっかくいろいろな実践や細かいことを知っている先生が、概論を教えていても、おもしろくないなー、もったいないなーと思っていました。それよりも、偏ったことを、その先生の偏っているかもしれない見方で熱意を持って話されるほうが引き込まれました。人は人の熱意に引き込まれるんだと思います。
話を戻して、「概論面白くない」の話を夫としたときに、概論というのは、「全体地図」のようなものだ、という話になりました。
それをだいぶ学び進めていった人からすると、「ああ、先にこの全体像を知っていれば効率よく学べたのに」と思って、後輩である生徒に親切にも教えてあげるのですが(学校のカリキュラムもそうなっています)、内容も何も知る前からそれを覚えさせられる子どもたちは「なんのためにこんなの覚えなきゃならないの?」と疑問を持ち、「面白くないからやりたくない」となるのです…。切ないですね。
ドキュメンタリー映画 ’Most Likely Succeed’の舞台となった高校では、全くの教科授業なし、形作られたグループワークさえなしで、発表日にむけて先生から出された課題(例、現代社会の思想の変遷を歯車を使って表現せよ)にクラスで取り組むことが授業のすべてです。その中で、生徒が必死に学んでいく様子、見ていて驚かせられる作品を作る様子が捉えられています。
もちろん、かなり限定的な情報ですが、この映画を見ていると、非効率であっても「自分で学ぶことを学ぶ」ためには、まず「おもしろい」と思うことが必要だと思えます。結局、熱意を持って、自分で試行錯誤しながら学ぶということは、教える側以上のことを受け取ることもあるし、教えられていないときでさえ学ぶので、最も効率の良い学びだということになるようです。
だから、生徒がおもしろいと思うような、私が熱を持って語れるようなこと、かつ高校生が今後の人生で何か役立てられる考え方はなんだろう、と考えているのですが、そうすると、すごく、自分は何を大事にしているか、生きていくときに何が役立っているかを自分に問いかける作業になっています。
第1回目では、聞くことは一筋縄ではいかないことを話したり、ワークしたりしました。
第2回目は、生徒からの要望により、恋愛心理学(笑)。どうやったらモテるか、意見交換したり、相手のリクエストしたやり方で褒めてみたりしてみました。
年明けには第3回目。「自分を知る」をテーマにセラピーそれぞれの人間観を語り、描画テストをしてみようかと思っています。少し一般的にはどんな特徴が何を示すかは伝えますが、私が分析するというより、自分で描いた絵をどう感じるか、を重視して。
そこからだんだん、私の語りたい話になっていき、
「人が問題なのではない、問題が問題である」
「いかに当たり前が私達に影響しているか」(客観的事実というものがあるというより、たくさんの意味付けがあってたくさんの事実になるという捉え方)という、めちゃめちゃナラティヴ・セラピーのコアなところを話していきたいな、と思っています。
そんな心理学に初めて触れる高校生にいきなりディープなところ…という声も自分の中にあるのですが、結局伝えたいことってこのあたりだし、自分にとってのテーマでもあるし、実際高校生にも伝わること、そして役に立つことだと思っています。
あっという間に今年度の分の授業は終わってしまいそうで、精一杯やりたいと思います。
何か「こんなテーマ、こんなメッセージでやってみたら?」というアイディアのある方は、コメント、もしくはFacebookででも教えてください。