書くことに響く多声2

サポーターズ・ライティング・プロジェクト第1回が終了しました。
この3年くらいパラレルチャート(ナラティブ・トレーニングで使われるリフレクティブ・ライティングの一つ。カルテなど機関の公式記録には書かれないことを、並行して書くという意味合いがあります)に取り組んできたことが、今回のプロジェクトの土台になっています。プロジェクトが終了したときには、報告書なり論文なりの公式記録を書くことが求められるでしょう。そこには記述されないかもしれないけれど、留めておきたいこと。それを私もパラレルに書いておきたいと思います。

《 語られないけれど 書かれること 》
第1回のライティング・テーマは「今日出会ったクライエントを描写しよう」。800字前後で書かれた文章が、書き手によって読み上げられ、その場で共有されました。内容も文体もまったく異なる12本の文章。それらが、コメントや質問をはさみつつ、共鳴し、重なり、動いていく中で、ひとつのことが頭に浮かびました。
「語られる場をもたないできたことが、書かれている」
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際立ったのは、人の<わからなさと不思議>です。ふるまいや外見と相入れない語り口。状況にそぐわない表情。矛盾し合うことばたち。そのクライエントの<わからなさと不思議>に、どまどい、身構え、時に好奇心をおぼえ、そして手が届かなくなった今なお心を残す支援者の「私」―
文章の中で活写される、クライエントの化粧、瞳、背中。あるいは家庭訪問でだされた「焼きそば」の味やロビーの光景。支援者が日々発揮している繊細な注意力もまた、書かれたものの中では浮き彫りに。
公式記録の中に、このクライエントのことが「わからない」と書くことは、通常できません。ケース会議の中で多くの場合検討されるのは、どう(正確に)理解し、どう(効果的に)アプローチするか、何が問題でどう修正されるべきか、ということでしょう。なんとなく気になり、わからないままに心が残るその姿が詳細に表現されることは、あまりありません。
でも、ここでは、そういうことが書かれる。
解釈など及ばない、というよりそもそも解釈など拒む人の圧倒的な存在が現れる。それをただ受け取る時間がある、ということ。
こうした中で、「対話にリズムがうまれること」というタイトルの文章が読み上げられました。クライエントが力を増し、立ち上がっていくようすが活きいきと描かれる。これもまた、語られにくいことかもしれません。事例検討などで、うまくいったケースを報告することはあっても、多くの場合そこでは、支援者が行った何が有効だったかを示すことが求められます。体言止めをうまく使ったリズミカルな文体が、クライエントの活力とそれに呼応していく支援者の空気を見事に伝えるこの書きもの。<書くこと>こそが可能にした、現実―当事者が主体でありつつも、支援という仕事が意味をもつことの歓び―構成だったという気がします。

《 矜持と自然体 ―「聞いてくれるだけでいい」と言われる、この仕事 》
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桜がモチーフになった美しい物語がありました。これが場の中でことのほか沁みたのは、桜というものに対して私たちが抱くイメージがルートになって、瞬時にその世界に自分を重ねることができるからだと思われました。そこでは、クライエントと家族、そして「私」と家族のことが、緩やかに何の違和感もなくつながって語られている。その自然体(ということばはあまり好きではないのですが、ここではあえて)から、支援者の成熟が想起されました。
支援者はどう育っていくのだろうか―技能や技術の熟達がそこにはあるわけですが、それに収まりきらないものも、もちろんあるはず。それをもっと私たちは知ってもよいのではないか。
一方、クライエントに向けられた支援者のことばで綴られた文章がありました。支援者が、何を見て、何を守り、どこは譲れないと考えて仕事をしているのかが、伝わってきます。「はじめまして」ということばがタイトルに含まれたそのストーリーには、カジュアルな語り口の中に、専門職としての矜持が伺えました。思う通りに実現できることなど、むしろ少ない。けれども、私たちは、出会う人を「はじめまして」という一回性において全力で掴み取ろうとしている。文体が軽やかであればあるほど響く、その静かな力強さ。
ソーシャルワークやカウンセリングの実践の中で、「聞いてくれるだけでいい」ということばに支援者はしばしば出会います。それは、計り知れない重みがあることを、気づかせてくれる文章もありました。このことばは、時に私たちの動きを止め(ある参加者はそれを「封印」と表現)、自省に導き、迷いや無力を誘う。けれども、その重みが書かれ、形となって差し出されたとき、取り組んでいる仕事の深みにも出会う。それは、また別の参加者が「祈り」とコメントしたものに近い何か、かもしれません。
クライエントを<書くこと>は、支援という仕事をプリズムのように照らすことでもあったよう。

次回は6月30日です。ライティング・テーマは「写真から物語を」。