「ナラティヴにおける外在化」を読んで、私が表現するチャンスをもらったこと…

ナラティヴアセンブリ10/8付KATSUKI’S JOURNAL「ナラティヴにおける外在化」を読んで、私が表現するチャンスをもらったこと…

私は、8月末頃にKATSUKIのナラティヴ・ラセピーを受けた。

『受けたいと思ったのは、これまでセラピーというものを受けたことがなかったので、受けようと思ったからだった。

セラピーを受けていくうちに(その受けたいと決めた時にもなんとなく気づいていたことだけれど)、家族の一人が穏やかに過ごせずにいること、そのことで私も時に胸が痛くなることがあり、私自身が穏やかにいられるようにしたいと思うところもあったとKATSUKIに話していた。この人(家族)を信頼して待っていようと思っていても本当にできているか、いつの間にか敬意を払わなくなっているかもと思っていたりしていた。セラピーを通して、自分がしていること、どうしたいかと思っているのかを話していくうちに、私はこの人(家族)を確かに信頼しているということを思い出し、心がすっとして元気が出てきた。』
ということがあった。

このセラピーを受けた時、KATSUKI’S JOURNAL「ナラティヴにおける外在化」に書いてある「外在化する会話」が起きていたんだろうなと私は感じる。

自分一人でぐるぐる小さな周回を走っていたのを一旦止まって、深呼吸する感じ。そして、セラピーを受けてからも、この人(家族)に対して迷うこともあるけれど、一度知って手にしたことは私の味方になってくれていることが多いと思っている。

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