リスニング実践トレーニングコースを実施することで見えてきたこと

リスニング実践トレーニング担当 Kinu(浅野衣子)

【はじめに】

 2020年4月からリスニング実践トレーニングを担当することなり、これまで3つのクラスを担当してきました。その中で気づいたことや見えてきたこと、考えたことをまとめておきたいと思います。

【リスニング実践トレーニングが始まった背景】

 ナラティヴ実践協働研究センター(NPACC)は、クラウドファンディングによる支援を受けて、ナラティヴ・カウンセリングの実践、専門訓練、研究を含めた、多くの協働の可能性に開かれたカウンセリングセンターとして、2019年3月に発足しました。

 NPACCとして最初に取り組んだ専門訓練がナラティヴ実践トレーニングでした。このコースは、ナラティヴ・セラピーの哲学的な姿勢と基本的な技術や言葉遣いを対話によって学び、自分の一部としていくことを目指す2年間のコースです。参加対象者は、多少なりともナラティヴ・セラピーに取り組んできた人や対人援助職に就いている方、あるいは援助を提供する立場としてナラティヴ・セラピーを学ぼうとする人です。明文化しているわけではありませんが、ある程度の対話のスキルやカウンセリングのスキルを身につけている(身につけようとして訓練を受けている)ことがベースとなります。2015年12月から年に数回、JICD(日本キャリア開発研究センター)がKouさん(国重浩一さん)のナラティヴ・セラピーのワークショップを開催し、ナラティヴに興味を示される方々が徐々に増えてきました。臨床心理士、精神保健福祉士などの心理職の方、キャリアコンサルタント等のキャリア支援の方、組織開発に携わっておられる方や学校の先生等々、背景は様々な方です。様々な背景の方がナラティヴの実践に取り組もうとされた時に、ベースとなる対話のスキルやカウンセリングのスキルを学ぶ場が日本のどこにあるのかということをNPACCのスターティング・メンバーで考えました。特に社会人になってから学べる場がほとんどないのではないか、ということに思い至りました。無いものに頼ることは出来ません。そこで対話のスキルの中でも、ナラティヴ・セラピーを修得していく上で、必要かつ基本となるリスニング・スキルのトレーニングをNPACCで開催しようということになり、2019年9月から東京のNPACCの事務所で2人のファシリテーターと12人の参加者でリスニング実践トレーニングが始まりました。

 NPACCの事務所は東京の東日本橋にあります。したがってリスニング実践トレーニングも東京の事務所で実施することになったのですが、参加者は関東圏の方だけではなく、大阪や新潟からも来ておられました。どうしても何かを学ぼうとすると東京に偏ります。NPACCでは出来るだけ東京以外のところでも、学びたい・実践したいという声を大切にしたいと活動しています。東京以外のところを地方という言い方ではなく、Out of Tokyo(略称OOT)と呼びます。リスニング実践トレーニングの第1期参加の方からOOTである関西でリスニング実践トレーニングを開催して欲しいという声があがり、私が京都在住ということもあり、2020年4月からリスニング実践トレーニング京都開催を始めました。しかし新型コロナウィルスの影響により、京都会場とオンラインを併用することになり、緊急事態宣言が発令されてからは全てオンライン開催になりました。東京会場のリスニング実践トレーニングもオンライン開催となりました。オンラインになったことで、全国各地からの参加が可能となり、2020年7月から開催するリスニング実践トレーニングは会場で分けるのではなく、平日夜開催と平日昼開催と休日開催に名前を変更し実施することになりました。

 このようなことから始まったリスニング実践トレーニングで、私は京都会場と平日昼開催と休日開催を担当しました。そこから気づいたことや見えてきたこと、考えたことをこのあと言葉にしていきたいと思います。

【リスニング実践トレーニングの概要と特徴】

 リスニング実践トレーニングの概要をNPACCのHPでは次のように記載されています。

カール・ロジャーズは「共感的理解」「無条件の肯定的関心」「自己一致」を対人援助者に求められる3原則として挙げましたが、その根底をなすのはリスニングのスキルです。ナラティヴ・セラピーを習得して行く上でも、基本となることは言うまでもありません。
 本コースは、実践的な訓練を繰り返すことで「リスニング・スキル」の向上を目指すことを目的にしています。
 リスニングのスキルは単に面談経験を積み重ねるだけなく、自分の面談を客観的に検討する機会があってはじめて可能になります。本コースでは、受講生同士の面接場面を録音し、その逐語記録の検討を中心に据えていきます。また、実践に近い形で訓練が出来るように話し手(クライエント役)には、自分の実際の話をしてもらいます。自分のリスニング力を高めたい方には、恰好の訓練の場になるのではないでしょうか。
 なお、本トレーニングコースは、全8回のセッションを一期(ワンクール)としていますが、十分にリスニング・スキルが向上するまで、何回でも受講することができます。言わば、道場のようなイメージで研鑽の場として活用してもらいたいと考えています。

(NPACCのHPより)

上述の概要には全8回と書いてありますが、これは平日の夜2時間30分を8回実施するということで合計20時間のトレーニングとなります。京都会場と平日昼開催、休日開催は1回を5時間として4回実施しています。合計時間数は同じく20時間のトレーニングです。定員は平日夜開催は12名で2人のファシリテーターが担当します。京都会場と平日昼開催、休日開催は定員6名でファシリテーターは1人です。つまり6名の参加者に1人のファシリテーターが担当するということになります。このコースの特徴を以下に記します。

  • 受講者同士が面談したケースを録音し、逐語記録を起こします。ロールプレイング(役割演技法)ではなく、話し手(クライエント)は自分の実際の話をします。面談時間は20分以上30分前後です。
  • 録音した音声データと逐語記録を用い、一つのケースを120分~150分かけて検討していきます。
  • 約6名に1人のファシリテーターがつき、少人数で検討・振り返りを行います。
  • 資格と連動していません。
  • 受講資格は「カウンセリングのリスニング・スキルを向上させたい方すべて。ただし、全日程に参加できることが前提となります。」とHPに掲載しています。カウンセラーやセラピストに限定していません。リスリング・スキルを向上させたい方であれば、どなたでも参加出来ます。
  • 初心者でもベテランでも、自分が納得できるまで参加できるように、入門コースやアドバンスコースといったようなレベルの限定はしていません。何度でも参加できる“道場”のようなイメージの研鑽の場として位置付けています

【気づいたこと、見えてきたこと】

〔リピート参加〕

 平日夜開催は第3期、休日開催は第2期、平日昼開催は第1期と合計6回開催しています。その中にリピーターの方が複数おられます。これは何度でも参加できる“道場”ようなイメージの研鑽の場として位置付けていることから、何度も参加される方がいらっしゃるのだと思います。初心者はもとより、援助職としての経験年数が長い方でも、逐語記録を通して振り返ることによって、自身のリスニングの癖に気づいたり、スキルの向上に繋がり、その後の実践に活かすことが出来るので、リピートして参加されるのだと思います。

〔他には(あまり)ない研鑽の場〕

参加者から聞こえてきた声の中には、経験年数が長い方でフィードバックを受ける場が無いので参加したという方もおられました。またこのような逐語記録を使って自身のリスニングのスキルを振り返る場が他に無いのだという声もありました。まず日本の中でカウンセリング等の面談業務の場で、録音をとることが容易ではないということがあります。録音がとれないので、逐語記録がおこせない、おこしたことがないという援助職の方もおられます。ロールプレイングでの録音や逐語記録はとったことがあるという方はおられます。ロールプレイングでも研鑽することは出来ますが、話し手(クライエント)が役作りをして臨むので、やりとりには限界があります。このリスニング実践トレーニングでは、受講者同士での面談を行い録音します。実践に近い形で話し手(クライエント)は自分のことを話します。このように実践に近い形で録音でき、それを逐語記録におこす経験は他ではあまりない研鑽の場になっているようです。

またこのリスニング実践トレーニングはカウンセラーでなくても参加出来るという特徴があります。リスニングのスキルを必要とされる方はたくさんおられます。心理職やキャリア支援で面談をされる方以外に、人と関わる場面ではリスニングのスキルを必要とされる場面が多くあります。学校の先生が学生を支援する場面や企業の中で上司が部下に関わる場面、同僚同士が関わる場面など、リスニングのスキルを必要とする場は多岐に渡ります。心理職やキャリア支援の人たちが大学や養成講座などでリスニングのスキルを学ぶ場はありますが、学校の先生や企業に勤める人などがリスニングのスキルを学べる場があまり無いのです。その上、このリスニング実践トレーニングはリスニングの基本スキルを学ぶことを目的にしていますので、ナラティヴ・アプローチを知らなくても、カール・ロジャーズのパーソン・センタード・アプローチ(PCA)を知らなくても参加できます。実践的な逐語記録を用い、リスニングのスキルを学びたいと思う人は誰でも参加できるということにおいて、他にない稀にみる研鑽の場になっているのだと思います。それゆえにリピーターの方が複数おられたり、キャンセル待ちが出ているのだと思います。

〔参加者の多様性〕

 前述したように、リスニングのスキルを学びたいと思う人は誰でも参加できます。これまで参加された方の背景はまちまちで、臨床心理士や精神保健福祉士等の心理職の方、産業カウンセラーやキャリアコンサルタント等キャリア支援をしておられる方、学校の先生、大学の教員・研究者、組織開発従事者、法律関係従事者、福祉介護職、その他対人援助に関わっておられる方や関わろうとしておられる方等々、様々な方が参加しておられます。参加者が多様なので、トレーニングの中での発言が多様で、異なる視点からの発言があります。日常的に経験するのは、同じ職種の人たちが集まって実施するリスニングのトレーニングの場というのがあります。そこには集まった人の文化の中で当たり前とされていることがあります。例えば、キャリアコンサルタントの多くの養成講座では、、面談演習の中で「話し手(クライエント)の感情の言葉に対して共感的応答をする」ということを教わります。話し手が「辛い」といえば、「辛いんですね」と反応する、話し手が「楽しい」とい言えば、「楽しいんですね」と応答することがいつの間にか“あたり前”になっている人たちがいます。その反応や対応が悪いと言っているのではありません。その対応が当たり前になっている参加者に、その“あたり前”を持っていないの参加者から「今のところで“辛い”に反応された意図があれば教えていただけますか」ということが訊かれると、自分の関りの意図を考え、言葉にしようとします。このことがその本人の気づきになることがあります。またその“あたり前”を持っていないの参加者から「“辛い”に反応すること以外に、話し手が発話した〇〇という言葉を返したいと思うのですが、どう思われますか」といったように別の視点からのアイデアがその場に出されます。参加者が多様であることからの多声がその場に出され、交わることで、豊かな学びの場になっているのではないかと考えます。

〔支えられる構造と繋がることの価値〕

 このトレーニングでは最初にいくつかのことを共有してから始めます。それぞれが自分のことを話す場なので守秘義務を守るということを確認します。また資格とは連動していないトレーニングなので、ファシリテーターからは評価することはしないし、お互いを評価することはしないことも確認します。

そしてこのトレーニングのねらいは「相手の話をしっかり聞いてみる」こと、すなわち、カウンセリングなど会話を通じて支援をしようとする際の基本姿勢の習得の機会にすることを学習目的としていることや、リスニングの巧拙は問わず、自分は(相手の)話をどう聞こうとしたのかを検討の重要ポイントにしたいと考えていくことを共有します。

 このトレーニングコースの参加者から聞こえてきたのは「巧拙を問われないことを知り参加しやすかった」という声や、「評価されないので安心して参加出来た」という声がありました。これまでのこの種のトレーニングでは出来ていないところを指摘されたり、評価や批判を受けることで、参加者が痛い思いをしたということを聞くことがあります。このトレーニングが楽だったということではありません。逐語記録をおこすことは時間や労力もかかり、逐語記録をおこしながら、あれも出来ていない、これも出来ていないと出来ていないところが明らかになり、本人にとってはある意味、反省モードになり、痛い思いをすることもあるのだと思います。しかし、他の参加者から指摘や評価や批判は一切なく、そこにあるのは参加者同士がお互いに敬意を持ちながら、様々なアイデアが言葉となって出されます。そのアイデアを持ち帰るか、持ち帰らないのかは逐語記録を出した本人に委ねられています。参加者同士がお互いに支えられる構造の中、気づき・学び・自らの実践に繋がるものを持ち帰ることが出来る場となっているのではないかと思っています。そこにNPACCのミッション・ステートメントの一つである「支えられる構造と実践で、技術を磨き続ける」ということに繋がっていることを実感します。

 毎回トレーニングが始まる前にチェックインといって近況や前回のトレーニングから今回までに考えたことや振り返ったことなどを一人ひとりが話をします。参加者が多様なこともあり、持っている情報も様々で、そのチェックインで話されたことで興味を持っていることがあると、チャットなどで情報交換し合っておられるようです。トレーニングの内容以外のところでも繋がっていかれる様子が窺えます。このことはNPACCのもう一つのミッション・ステートメントの「人と人とが出会うこと、つながることの価値を知る」ということに繋がっていることを実感します。

〔逐語記録で検討することの価値〕

 さまざまな相談やカウンセリング、人を援助する場では、言葉のやりとりがされ、会話となっていきます。会話の言葉の一つひとつがその場の関係性に大きく影響するのですが、通常の会話で交わされる言葉はその瞬間瞬間に消えていきます。話し手(クライエント)の言葉はある程度は書き留められるものの、聞き手(カウンセラー)としてどのように発話したかは覚えていられないものです。そのためカウンセリング実践の場で話し手(クライエント)に許可をもらい、カウンセラーの研鑽に協力してもらうということで面談の場でのやりとりを録音させてもらう場合があります。そしてカウンセラーは自身のスキルの振り返りをし、自身の課題に気づき、その課題に取り組むことでカウンセラーとして成長していくのです。しかし、日本においてカウンセリング実践の場では、所属している組織の許可を得るのが難しく、なかなか録音することが容易ではありません。ましてやカウンセリング実践以外での相談や援助実践の場では、録音をとって逐語記録におこすなどということはほとんど出来ないし、していないのが現状です。そこでリスニング実践トレーニングのように参加者同士の面談を録音し、逐語記録をおこし検討するのは、トレーニングとしてはとても珍しい試みといえるでしょう。このトレーニングで初めて逐語記録をおこすという人もおられます。自分がどのように関わったかを文字におこすことで、色々なことが見えてきます。聞き手である自分が、話し手の話をどう受け取ったのか、それに対しての応答はどのような意図があったのか、あるいは意図が無く関わっていたのか等々、逐語記録をおこすことで、多くの気づきを得ることが出来ます。またその関りについて他の参加者からフィードバックをもらうことも出来ますし、聞き手が「話し手がもっと自分のことを語るために、どこでどのような関わりをすればよかったのか知りたい」と他の参加者にアイデアをもらうことも出来ます。会話の言葉を丁寧に振り返ることが逐語記録で可能になるのです。30分の逐語記録をおこすのには数時間かかります。簡単なことではありませんが、取り組む価値は十分にあるのです。1つのケースに約120分の時間を使って検討しますが、その時間では足りないぐらいの多くの話が出てきます。会話による言葉が見える化され、検討できる逐語記録による検討は、時代が変わっても変わらないトレーニングの一つと位置付けることが出来るのだと思います。

 このトレーニングでは、参加者同士が面談し録音するので、話し手(クライエント)が検討の場に参加します。本当の実践の場であれば、クライエントに自分の関わりがどうだったかということはなかなか訊くことが出来ません。相づちタイミングは邪魔にならなかったか、相づちの声は大きくなかったか、この質問は話し手としてどう思ったのか等々、普段の実践の場では訊くことが出来ないことに応えてもらえるのです。このことが話し手のとても役に立つのです。話し手も自分の語った言葉や聞き手からもらった質問がどのようなものだったかは、面談だけでは覚えていません。手元に逐語記録と音声データがあるからこそ、その時のことを思い出せるのです。

 話し手(クライエント)して、逐語記録を検討する場にいると、リスニングを共に学ぶ人としてその場に参加していますが、話し手としてもその場にいることになります。話し手としてどのような関わりをして欲しいかということを体感する場としても貴重な経験の場になっています。また前述したように、面談の最中には自分が語ったことはおぼろげに覚えていたとしても、詳細までは覚えていないこともあります。面談の場は既に終わっているのですが、逐語記録を検討する中で、他の参加者から「こういう質問も出来る」とアイデアが出されると、その都度話し手としてその新たなアイデアである質問を自分に投げかけておられるようで、逐語記録の検討が終わった時に話し手が「色々な質問のアイデアが出てくるたびに自分に問いかけたりすることで、自分が思っていることや考えていることが、さらに明確になりました。」とか「自己理解がさらに進んだ」というコメントが出されることがあります。リスニング実践トレーニングの副産物かもしれませんが、話し手にとっても逐語記録で振り返ることは、その人自身にとって価値ある場になっているといえるでしょう。

【今後の課題】

 このようにリスニング実践トレーニングを実施することで見えてきたことや気づいたことを言葉にしてみると、よい側面のことばかりが言葉として出てきています。参加者の声にもっと耳を傾けながら、よりよく実施するために何が必要かを考えていくことが今後の課題の一つです。

 参加された方からは「逐語記録の力はすごい」「逐語記録で学ぶことは必要」という声をいただきますが、世間一般では「逐語記録はたいへん」「逐語記録で検討すると痛い思いをする」などといったイメージがついているようです。今のところはキャンセル待ちが出るほどの参加者がおられますが、逐語記録を検討することの大切さをどのように広めていくかは、今後考えていかなければならないことだと思っています。

 道場のように何度も参加して欲しいと願っていますし、リピーターとして参加していただくことは嬉しいことでもあります。1つのケースの振り返りを最低でも120分は取りたいと思っています。現在3人のファシリテーターが担当していますが、現在のところ今以上に参加する人数を増やすことが出来ません。そこで逐語記録の検討によるリスニング実践トレーニングを広めていくにはファシリテーターを増やす必要があるという課題があります。このことにどのように取り組んでいくか、考えていく必要があると思っています。

以上

2020年8月15日