『対話型組織開発――その理論的系譜と実践』( ジャルヴァース・R・ブッシュ & ロバート・J・マーシャク 編著)(2015、邦訳2018)のおわりの方の章にシュネ・スワート(Chené Swart)が第16章「対話型ODパラダイムによるコーチング」という章を寄稿している。
最初に『対話型組織開発』を読んだときには、書籍のおわりの方ということもあって、何か特別なことを感じるがなかったのであるが、読み返してみて目にとまった。この章は次のような下りから始まるのだ。
本章では、コーチング現場での対話型ODの可能性と実践を詳しく見ていく。それらは、ポストモダンのパラダイムにおける社会構成主義(Burr, 1995; Gergen, 1994; Gergen and Gergen, 2003)、ポスト構造主義(Foucault, 1977, 1980)の概念から派生したナラティヴ・プラクティス(White and Epston, 1990; Swart, 2013)に基づいている。
『対話型組織開発』邦訳527頁
ナラティヴ・セラピーまたはナラティヴ・プラクティスに基づいているアプローチはさまざまなものがあるが、それが「どのナラティヴ・アプローチ」に基づいているのかを見るために、参考文献が1つの目安になると考えている。
仮にそのリストの中には、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンの『物語としての家族』しかないのであれば、私が取り組むナラティヴとは別のものであるという可能性が、私の経験上、強い。しかし、シュネ・スワートが参照していたのは『セラピストの人生という物語』と『ナラティヴ・プラクティスとエキゾチックな人生』であった。両方とも読み込むのに時間がかかるので、真剣にナラティヴ・セラピーに取り組もうとする人ではない限り読まないであろうと思うものである。ちなみに両書とも、ナラティヴ実践協働研究センターのナラティヴ実践トレーニングコースにおける課題図書である。
シュネ・スワート(Chené Swart)は、2013年に「Re-Authoring the World」という書籍を出版していて、日本のAmazonでもKindle版が購入できるので早速読んでみた。
シュネ・スワート(Chené Swart)は、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンの流れをくむナラティヴ・セラピーをしっかりと理解して上で、コミュニティや組織の中で、この手法を活用しようとしていることがうかがい知ることができたと思う。
シュネ・スワート(Chené Swart)は、南アフリカ出身である。同じ南アフリカ出身で、ニュージーランドのワイカト大学でナラティヴ・セラピーを教えるエルマリー・コッザともつながりがあることが述べられている。
組織の中で、ナラティヴ・アプローチをどのように活用すればいいのかというのは、門外漢の私にとっては、想像する以外にすべはない。しかし、シュネ・スワート(Chené Swart)の文章を読んで、ナラティヴ・セラピーを活用するのであれば、このようなことになるだろうなと思えたのである。私の知るナラティヴ・セラピーが大切にすることを大切にしたままに、組織の中で活用できうるということをしれたことは、私にとって大きなことであったように思う。
本書の前半は、ナラティヴ・アプローチの概要説明である。そして、後半に入って、「ナラティヴ・コーチング」「ナラティヴ・リーダーシップ」「ナラティヴ・コンサルティング」という章で、ナラティヴ・アプローチからこれらの既成概念を脱構築し、ナラティヴの要素を組み込んだものを提案していく。
シュネ・スワート(Chené Swart)の取り組みは、ナラティヴ・アプローチとベースに取り組むことによって、私たちの住む世界をどのようにしたいのかという希望を反映するものとなっている。組織の営利だけを目的にするような近視的なところに陥るのではなく、もっと上を見て取り組もうとしているのである。この姿勢こそが、経営支援や組織開発の領域でもっとしっかりと取り上げられて欲しいと、門外漢の私は願っていたのだと気づく機会ともなった。
一貫して、シュネ・スワート(Chené Swart)は、南アフリカでアフリカーンスとしての立ち位置をしっかりと提示しながら文章を進めていく。専門家として、人の姿が見えなくなるのではなく、シュネ・スワート(Chené Swart)という人がそこにいてくれているのである。
ナラティヴ・アプローチの概要を知り、組織にどのように活用できれば良いのだろうかということのヒントが欲しいのであれば、是非読んでもらいたいと思う。