「対話型組織開発――その理論的系譜と実践」を読んで

ナラティヴ・セラピーを学んでいる知人に勧められて本書を読んでみました。「ナラティヴ」を標榜する書籍はそれなりに目を通してきたつもりです。また、社会構成主義を実践のベースとしているとされているようなアプローチも時々は目を通すようにしてきました。ところが、そのいずれもが、期待外れというか、これからのことをしっかりと理解してから、話を進めていないのではないかと感じるようなものばかりでした。

 

ところが、この「対話型組織開発――その理論的系譜と実践」は、「何をするのか」という次元の話ではなく、「何を基盤としているのか」という点において、ナラティヴ・セラピーの領域で引用されながらも、あまり理解されてこなかったことをしっかりと理解し、その上で実践につなげようとしている、と思えたのです。

 

その前提となることを挙げて見ましょう。

 

対話型組織開発(対話型OD)のマインドセットの主要な前提(p.56〜59)

 

  1. 現実と関係性は社会的に構成される。
  2. 組織は意味を形成するシステムである。
  3. 広い意味における言葉が重要である。
  4. 変革を起こすには会話を変えなければならない。
  5. 統一性を求める前に、違いを明らかにするための参加型の探究と積極的な関与の仕組みを構築する。
  6. グループと組織は絶え間なく自己組織化する。
  7. 転換的な変革は、計画的というよりも、創発的である。
  8. コンサルタントはプロセスの一部になる。

 

対話の中で、生成的なプロセスを喚起するような質問を、ここでは「生成的質問」と呼んでいます。それは次のようなものだというのです。

 

  1.  生成的質問には意外性がある。
  2. 生成的質問は、人々の琴線に触れる。
  3. 生成的質問について話し合い、質問に対する人々の回答に耳を傾けることによって、関係性が育まれる。
  4. 生成的質問は、これまでとは別の視点から現実を見るきっかけを私たちにもたらす。

 

組織の変革という文脈において、実際のところどのようなことをしていくのかについては、私は経験がありません。しかし、人の変容という文脈においては、これらのことは、今まで取り組んできたことであり、十分に理解できることです。

 

生成的質問がどのようなものであるかについても、ナラティヴの質問になじんでいるとどのようなものがこのような質問になり得るのかの想像もできます。

 

現時点で、組織開発の領域で私に何ができるのか、まったく想像もつかないのですが、このようなアプローチであれば、何かできることがあるのかもしれないということを考えています。

 

ナラティヴ・セラピーを別の角度から理解して、その理解の幅を持たせたい人には、本書はおすすめです。そして、この本のことをあまりしっかりと理解できないと感じるのであれば、ナラティヴ・セラピーの文献を紐解いてもらうことが、本書の理解に有益ではないかと思います。

 

いずれにしても、ともすれば単なるスローガン的になりがちな社会構成主義の哲学的な精神を、ほんとうに実践していくのだという心意気と、そのことがほんとうに有益なものをもたらすことができるという実感に裏付けられた信念を、本書からくみ取ることができました。

 

久しぶりに興奮して読めた本です。厚い本ですが、是非読んでみてください。