著者である陶貴行さんから、本書を献本していただきました。わざわざNZまで送ってくれたことに感謝しつつ、本書を読みました。
本書は、就労支援をしているLITALICO(リタリコ)で、人々を支援してきた経験がふんだんに反映されていると感じました。
まずは、LITALICOについて少しだけ。LITALICOを訪問したときに、LITALICOのビジョンに大いに惹かれました。それをまず紹介したいと思います。
LITALICOのビジョン
https://litalico.co.jp/vision/philosophy/
「障害のない社会をつくる」
障害は人ではなく、社会の側にある
社会にある障害をなくしていくことを通して
多様な人が幸せになれる「人」が中心の社会をつくる
本書の冒頭で、「私たちは、多くの当事者の声を聞き、就職やその後の職場定着をサポートしてきました。そして、サポートを通じて、さまざまなことを学んできました。この本では、私たちが学んできたことを紹介したいと思います」とあります。
この文章からうかがい知ることができるのは、著者たちは、専門知識を提供するというところだけに立って、支援を提供してきたのではないということでしょう。著者たちは、多くの当事者の声を聞きながら、支援を提供し、学んできたというのです。
発達障害またはグレーゾーンのことを理解し、その対応方法を考えていくのは、その人たちの体験様式を学ぶことなしに無理だと考えています。言い換えれば、専門家だけで考えた支援は、あまり役に立たないということです。
一人ひとりの声を聞き、一人ひとりに対応した経験を積み上げていくことによって、十把一絡げの対応方法に陥ることなく、ある程度共通したエッセンスを取り出すことができるのでしょう。本書ではそのエッセンスを読むことができます。
カウンセリングや心理療法の伝統の中には、個人の中に障害を見いだしてしまうことがあります。そのような支援を受けてしまうと、その人自身が変わらなければならないという方向に話が向かっていってしまいます。本書で、何度も環境的な要因が関係していることを強調していることには、大きな意味があると思います。なぜならば、発達障害またはグレーゾーンの支援において、個人の中に障害があるという視点だけを採用してしまうことは、支援どころか、逆にダメージを与えてしまうからです。
本書を通じて、むやみに頑張るのではなく、頑張りどころを伝えてくれているのではないでしょうか。それは、ただ単に目の前の業務を頑張るということではなく、自分の働く環境をいかに整えることができるのかということです。
ここで、人に対する可能性を、経験を通じて著者たちが信じることができているのではないかと思うのです。人の能力が多少ともバラついていたとしても、環境さえ整えることができたら、人は、自分で働きつづけることができるのだ、ということを信じているのではないでしょうか。
能力がバラついている人は、他の人と働くのが難しいという理解を、私たちはなんとなく持ってしまいます。ところが、他の人々がいる環境において、しっかりと環境が整うことによって、人はその人の持てる力を十分に発揮できるということが、本書を読みながら感じ取ることができました。つまり、他の人と共にいるからこそ、その人の能力が生きるのです。
私を含め、自分の能力にはばらつきがあることを自覚し、そこを補うような支援を受けるのを歓迎できることの大切さを感じながら、本書を読み進めていました。
人は、自分一人で頑張らなければならないというところを離れ、人に支援をもらいながら取り組んでもいいんだというところに立つと、人生の辛さが大きく変わるのでしょう。ところが、そこに立てないために、辛い思いをしている人たちがたくさんいることも知っています。発達障害やグレーゾーンだけでなく、私たちはみな、人に助けをもらって生きていいのだということを、どのようにしたら多くの人に浸透していくものなのだろうかとも考えながら読んでいました。
仕事に定着という話がありますが、一人で頑張って定着してしまうこともあります。その場合には、その人の頑張りが、他の人にも影響を及ぼしてしまうこともあるのです。会社組織のような場合、定着できない人の支援については、本書のようにさまざまな角度から検討されています。しかし、一人で頑張って仕事ができるようになってしまった人に対する支援は、実に検討しにくいのです。多くの場合、周りの人々からの苦情という形で話を聞くことになるのですが、そのような人に支援を届けるということの難しさもあるということも忘れないようにしておきたいと思います。
本書は、たいへん読みやすく書かれていますが、多くの経験なしにはこのように書くことができないだろうなと思いました。よい本を出版してくれたと思います。お薦めです。